Z80マイコンボードの製作

目次

2015 年夏に偶然 Z80(正確には TMPZ84C00)を見つけた事をきっかけに、今更ながら CP/M マシンを製作することにしました。とりあえず試作回路で上手く行きそうな感触がつかめたので、試作回路にあった無駄な部分を省くと共にデータ通信の高速化を目指した基板を新しく作成しました。基板の設計データはGitHub 上に公開しています。

CP/M マシンに必要な仕様

CP/M を動かすために必要な仕様は次のとおりです。

  • CPU は i8080 とマシン語レベルで互換性があること。
  • メモリは O 番地から最低 20KiB の RAM があること。
  • 入出力のためのコンソール端末があること。
  • 最低一台のディスクドライブがあること。
  • 割り込み機能は使用していない。

ちなみに CP/M が全盛期だった頃のクロック周波数は数 MHz と現在の 1/1000 という世界でした。

以下に各項目を具体的に検討していきます。

CPU

CP/M が全盛時代には i8080 よりも Z80 が一般的に使われていました。よって Z80 は i8080 とのマシン語レベルでの互換性に問題がないことは確かです。

今回は Z80 と言っても現在手に入る Z80 の後継チップである Z84C00 と通信機能などを集積した Z8S180 を使用します。これらもソフトウェア的には Z80 と互換性があるので CP/M を動かすことに問題はありません。

Z80 の時代はクロック周波数は数 MHz でしたが、Z84C00 と Z8S180 は 20MHz 版(注1)が手に入るのでより高速な CP/M マシンを実現できそうです。

メモリ

必要なメモリー容量は今となっては誤差のような容量です。むしろ少容量すぎて入手できない可能性さえあります。しかし現在 Z80 の後継 CPU が入手可能なように小容量なメモリーも種類が少ないながらもちゃんと販売されています。

秋月電子のページを見ると、小容量とは言っても昔とは比べられ物にならないアクセス速度の SRAM が販売されています。容量についても 128KiB で十分すぎます。

HM678127UHJ-12(12ns)と M68AF127B(55ns)のどちらを使うかですが、55ns はほとんど 20MHz の1サイクルの相当にするのでこれで十分かと余り考えずに M68AF127B(55ns)を選択しました。

タイミングの検討

余り考えずに選んだメモリですが、M68AF127B(55ns)で最高どのくらいの周波数まで使用できるかデータシートのタイムチャートを確認してタイミングを検討してみました。

Z80 のメモリアクセスで一番厳しいのは命令を読み込む時です。通常メモリーを読み込むときは T3 の立ち下がりに読み込むのですが、命令を読み込む場合は半クロック早い T3 の立ち上がりで取り込まれます。 命令読み込みのタイミングチャート。Z8400/Z84C00 Z80 CPU Product Specificationより引用。

Z84C00 と Z8S180 を比べると Z84C00 の方が時間がかかるようなので、Z84C00 のデータを使ってタイミングを検討します。

Z84C00 のデータシートを見るとタイミングは次のようになっています。

  • アドレスの値が確定するのは、T1 の立ち上がりから最大 57ns。
  • MREQ と RD が L になるのは、T1 の立ち下がりから最大 40ns。
  • データは、T3 の立ち上がりの最低 12ns 前に確定している必要がある。

またメモリのタイムチャートは次のようになっています。

  • tAVQV(アドレスの確定からデータの確定までの時間)は最大 55ns。
  • tELQV(チップ選択からデータの確定までの時間)も最大 55ns。
  • tGLQV(出力ゲートが開いてからデータが確定するまでの時間)は最大 25ns。 メモリーのタイミングチャート。M68AF127Bのデータシートより引用。

よって確定が一番遅い MREQ と RD が L になってから T3 が立ち上がるまでの時間は、次の式になります。

40ns(T1の立ち下がりからMREQがL)+ 55ns(EがLからデータが確定) + 12ns(T3立ち上がり前の余裕) = 1.5T(wait無し)

この等式を計算すると T = 71ns となります。よって最大の周波数は約 14MHz となります。

また同様にZ8S180 の場合を計算すると

25ns(T1の立ち下がりからMREQがL)+ 55ns(EがLからデータが確定) + 10ns(T3立ち上がり前の余裕) = 1.5T(wait無し)

となり、T = 60ns となります。よって最大周波数は 16.6MHz となります。

リセット直後のプログラム

Z80 はリセットした時に 0 番地からプログラムをスタートします。そのためメモリの最初の方はシステムの初期設定や CP/M をディスクから読み込むプログラムがリセット前に書き込まれている必要があります。そのため一般的にはその領域に電源を切っても内容が消えない ROM が配置され、CP/M が起動する時には RAM に置き換えるようになっていました。

現在も紫外線で消去できる UV-ROM は手に入ります。しかしそれを使うには、書き込みと消去の装置が必要になります。さらにアクセス速度が遅いので wait 回路が必要になり、RAM との切り替え回路も必要となります。

そこでメモリは全て RAM にし、リセット直後に必要なプログラムはスイッチを操作してメモリにマシン語を一ステップずつ書き込むというより古い手法を使うことにしました。もっともこれは面倒なので、一ステップずつメモリに書き込む操作は現代的なマイコンに肩代わりしてもらいます。

コントローラ

リセット直後に必要なプログラムの書き込みには使い慣れている Atmel の AVR マイコンを使用します。Arduino に使われている ATmega328 を考えていたのですが、これだとピン数が足りずにアドレスなどの値をラッチしておく回路が必要になります。そこで少し値段は高くなりますがアドレスとデータバスを一対一で割り当てられる ATmega64a を使用することにしました。

このコントローラは、初期プログラムの書き込みだけでなく、Z80 の起動後は次のように端末やディスクドライブのインタフェイスとしても機能します。

ATmega64a はクロック回路を内蔵していますが、少しでも早いほうが良いかと思い Z80 に供給するクロックを ATmega64 でも使用できるようにしました。この場合最大周波数が ATmega64a の最大周波数 16MHz に制限されます。

ATmega64a のハマりポイント

ATmega64a は、買ってきたままだと ATmega64a ではありません。

ATmega103 という MMU との互換モードになっています。main ルーチン内だけで済むプログラムだと気が付かないのですが、別の関数を呼び出すとフリーズしてしまい「あれ?」となります。

ATmega64a を使う前には、まず fuse 設定を変更して ATmega103 互換モードを OFF(unprogrammed)にします。

また PF を使うときにも注意が必要です。

ATmega64a は JTAG インタフェイスを持っていますが、そのインタフェイスが PF に割り当てられており、入出力端子として PF を使用できません。

これも必要ならば fuse 設定を変更して OFF(unprogrammed)にするか、プログラム内で MCUCSR の JTD をセットします。MCUCSR の JTD は、誤動作で書き換えてしまうことを防ぐために、二回連続してセットする必要があります(注2)。

入出力

Z80 の入出力も ATmega64a が担います。メモリ上に実行したい入出力操作を書き込んでおき、準備が整ったところで ATmega64a に実行を依頼します。

ATmega64a に入出力を要求するシグナルを送る簡単な出力回路も検討しましたが、Z80 の HALT 信号を ATmega64a へのシグナルに使う回路(注3)が試作で上手く行ったので外付け部品が不要なこの方法を使うことにしました。

具体的には ATmega64a に実行してもらいたい入出力操作をメモリに書いておき halt 命令を実行して HALT 信号を L にします。ATmega64 は HALT 信号が L になったことを確認したらメモリ上に書かれた入出力操作を実行して、Z80 を割り込みで halt 命令の次から実行を再開させます。RESET でも Halt 状態から抜けられますが、通常の RESET と区別する必要や再開後の設定など面倒なので割り込みシグナルを使用することにしました。特に NMI は間違って割り込みを無効にしてしまう心配が無く好都合です。

ただしこの NMI を使って Halt 状態から抜けだすのは、NMI の割り込みベクタが CP/M の予約領域にあるという問題点があります。そこで halt を実行する前に割り込みベクタである 0x66 番地のデータを退避しておき、NMI で Halt から抜けだした後に書き戻すことにしました。また CP/M では他の割り込みを使用しませんが、一応入出力操作が完了するまで待つビジーウエイトを入れておきます。

実際のルーチンは次のようになります。

viotrap0:
	ld	hl,(NMI_VECT)	; save value on NMI_VECT
	ld	bc,045edh	; set RETN code
	ld	(NMI_VECT),bc
	halt
viowait:
	ld	a,(virtio_command)
	or	a
	jr	NZ,viowait
	ld	(NMI_VECT),hl

LED

電子工作で動作確認の基本は L チカなので、Z80 で L チカを出来るようにするため LED を点灯できるようにします。

ディスクドライブ

ディスクドライブには、実物のフロッピーディスクドライブや SD メモリカードを使用する方法を考えましたが、データのやり取りが面倒そうなのでパソコン上のディスクイメージに直接アクセスすることにしました。これによりパソコン上で作成したバイナリやテキストファイルをディスクイメージにコピーするだけで Z80 側から使用することができるようになります。

実際のディスクイメージへのアクセスは、Z80 から ATmega64a にディスクの読み書きを依頼し、ATmega64a がパソコン上のプログラムにディスクイメージのデータを読み書きする命令を送ります。

パソコンと ATmega64a は、電源供給も兼ねて USB で接続します。ただし ATmega64a は USB に直接接続できないので、FTDI のFT240Xという USB-FIFO 変換チプを使用しました。FT240X は Z80 のデータバスに直接接続できるので、データを直接メモリに書き込むことができ最高 1Mbyte/sec のデータ転送が可能です(注4)。

FT240X は、ATmega64a から見ると 8bit パラレルの FIFO デバイスですが、パソコンからはシリアル端末に接続したように見えます。そのためパソコン側のプログラムには特別なライブラリは不要です。例えばターミナルソフトを開いてAという文字を送ると、そのまま TF240X のデータバスにAの ASCII コードが現れます。

コンソール端末

コンソール端末は簡略化のため自前でキーボードやディスプレイを持たずにパソコンを昔のディスプレイターミナルとして使用します。この通信にもディスクドライブと同じ USB を使用します。

コンソール端末は ATmega64a の要求で動くディスクドライブと違ってパソコン側から非同期でデータが送られます。そのためディスクでのデータと混じってしまわないように非常に簡単なプロトコールでディスクのデータとコンソールのデータを多重化します。

リセット

リセットスイッチは Z80 に直接接続しないで、ATmega64a に接続したスイッチが押されたら Z80 のリセット端子を L にすることにしました。これによりチャタリング回避やリセット時間を確保する回路をなくすことができます。

基板の設計と組み立て

そうして完成した Z84C00 と Z8S180 ボードの回路図は次のようになります。 Z84C00を使ったZ80ボードの回路図。 Z8S180を使ったZ80ボードの回路図。

基板はKiCadを使って設計し、プリント基板の製造は格安なElecrowに注文しました(注5)。

必要な部品は、秋月電子Mouser千石電商から購入しました。

回路図や基板の設計データは GitHub 上に公開しています。これをフォークしてより素晴らしい物を作る基板としてもらえると幸いです。

Z84C00用のプリント基板

Z8S180用のプリント基板

プリンプ基板は 10 枚単位での注文なため何枚か基板が余っています。もし欲しいという方がおりましたら送料のみでお分けいたします。ただし基板制作後にも回路図と基板設計に手を入れているので、GitHub 上のデータとは多少パターンなどが異なります。

次は

Z80 ボードが完成したので、次は ATmega64a のプログラムと CP/M の BIOS を作成して CP/M を動かします。

脚注

  1. Z8S180は20MHz版の他に30MHz版も存在します。ただし値段が急に高くなるので今回は20MHz版を購入しました。
  2. JTDビットは、正確には4CPUサイクル以内に2回セットする必要があります。
  3. halt命令をトラップに使用するアイデアは我ながら冴えた方法だと思ったのですが、既にネット上に公開されていました。T:(@T_colon) 部品を減らす工夫 - neko Java Home Page - GMOとくとくbb
  4. 試作段階ではパソコンとの接続に一般的なUSB-シリアル変換チップを使用しましたが、これでもデータ転送がそれほど遅くはありませんでした。
  5. 数千円と約1週間(国際宅急便使用)でプリント基板を製造してもらうことができます。精度などでは国内のしっかりした業者には及ばないのかも知れませんが、個人的に使用するには全く問題がないレベルです。手配線や自分でプリント基板を作る手間や時間を考えれば、このサービスを使わない手はありません。